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広島高等裁判所松江支部 昭和36年(う)27号 判決 1961年12月18日

控訴人被告人

長光義郎

検察官

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四月に処する。

但し、本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

被告人の本件控訴を棄却する。

理由

主任弁護人深田和之の控訴の趣意は、同弁護人及び弁護人東中光雄連名の控訴趣意書及び上申書記載のとおりであり、検察官香山静郎の控訴の趣意は、同検察官提出に係る松江地方検察庁検察官検事正軽部武名義の控訴趣意書記載のとおりで、これに対する主任弁護人の答弁は、右弁護人両名連名の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判決は次のとおりである。

弁護人等の控訴の趣意第一点について。

論旨は、原判決は「被告人を含む組合側幹部はヽヽヽ昭和三三年一二月五日午後一時二五分頃ヽヽヽ管理者側数名の者にこれ(郵便物)を奪回されることを阻止すべく同人等ともみ合つたが、その際被告人は、右千代延郵便課長の背広の右襟を掴んで引張り、これを咎めた右竹内会計課長のネクタイとワイシヤツを一緒に掴んで突き上げるようにし、更に右三宅庶務課長代理の肩から首を腋で抱え込み、右足をかけて捻倒そうとし」たものであるという事実を認定したけれども、原判決の右認定事実は、いずれも証明不十分であり、これを認めるに足る証拠はない。右は事実の誤認であるというのである。

しかしながら記録について調査するに、原判決挙示の証人千代延左右馬、同竹内正路、同三宅孝共、同安達義光の各供述記載を綜合すれば、右原判示事実はこれを認めることができるのであつて、原判決にはこの点について事実の誤認はない。

論旨は前記各証人の証言は、その信憑性がないというのである。そして前記各証人がいずれも松江郵便局の管理者であり、本件に関聯する行動をいずれも労使関係における使用者、管理者の職務行為として行つていたこと、右証人等に対する原審証人尋問の主尋問終了後、弁護人側の反対尋問前に、右証人等が検察庁に検察官を訪問していること、被告人が本件公訴事実に照応するような事実があつたとして行政処分を受けていることがいずれも認められることは所論指摘のとおりであるけれども、このような事実が存在するからといつて直ちに前記証人等の証言が信用できないものということはできないし、又前記証人等の証言中には部分的には不自然と思われる供述部分があり、或は意識的に証言を避けているのではないかと思われる点もないではないけれども、それだからといつて右各証人の証言をすべて信用できないものということもできないのである。論旨は特に前記紛争の時刻の点につき、果して昭和三三年一二月五日午後一時二五分頃に本件紛争が生じたものとすれば、当時その現場である道順組立室では、二号便の市内郵便の配達を担当していた郵便外務員等一〇数名が、郵便道順組立に従事していた筈であるから、右外務員等は必ずその附近で生じた本件紛争を目撃していなければならないことになるのに、当時郵便道順組立に従事していた福島定市、柳原一雄、野々内喜二郎、三好亮、平井忠信、松尾保、松浦芳貞はいずれも証人として出廷し、本件現場附近における紛争について何等の記憶もないという趣旨の証言をしているのである。従つて本件紛争の生じた時刻は前記外務員等が二号便の配達に出発した午後一時四〇分頃から後であることは動かすことのできない事実であるのに、前記管理者側証人等は悉く本件紛争発生時を午後一時二五分前後頃である旨証言しており、このことからしても前記管理者側各証人の証言はすべて信用できない旨強調するのであるが、右所論は、前記証人福島定市等の、乙号卓子附近における紛争について何等の記憶もないという趣旨の証言につき、同証人等の記憶の正確であるということと、同証人等の証言が真実を述べているものであるということの二つの事実を前提とするものであるところ、同証人等の証言はいずれも事件発生後一年半余を経過した時期のものであつて、必ずしも当時目撃したことが記憶に残つているとは断言できないばかりでなく、同証人等はいずれも全逓信労働組合の組合員であり、当局側と組合幹部との間の年末斗争の際の出来事である本件紛争に関係したくないとの意識が働いて消極的に記憶がない旨証言したものでないとも断定できないのである。要するに所論は事実審裁判官の専権である証拠の取捨、価値判断につき、独自の見解に基く主張であつて採用することができない。論旨は理由がない。

弁護人等の控訴の趣意第二点について。

論旨は、原判決は、松江郵便局管理者側は「斗争に備えて業務の正常は運行を図るため局長より各課長等に対し互に郵便業務に協力するよう命じていたところ」「郵便物の占有を回復して本務者にこれが配達をなさしめんと」した千代延郵便課長、竹内会計課長、三宅庶務課長代理に対し、被告人がそれぞれ暴行を加えてその職務の執行を妨害したものであるとして、被告人に対し刑法第九五条第一項を適用して有罪の判断を下した。しかしながら原判決の右判断は次に述べるように事実の認定を誤り、法令の解釈適用を誤つたものである。

即ち先ず、千代延郵便課長、竹内会計課長、三宅庶務課長代理等管理者側が、郵便道順組立室東側窓際の乙号卓子附近においてとつた行動は、反組合的意図に基く組合幹部に対する実力による挑発的攻撃的行為であるから、同人等のこのような行為は刑法第九五条によつて保護さるべき職務行為とは云ひ得ない。仮に同人等にそのような不当な挑発、攻撃の意図があつたということを認定することが困難であるとしても、本件の紛争は組合幹部が一号便の持戻り郵便物をいかに処理するかということや、担務変更をどのようにするかという組合員の労働条件に関する事項について、話し合いの上で処理することにしようという申入を管理者側に行つている場面において生起しているのである。このような場合管理者側は組合の申入に応じて団体交渉を行う義務があるのであり、この場合管理者側はあくまでも労使関係における当事者として観念さるべく、労使関係の当事者はあくまでも対等な立場におかれているのである。従つて公務執行妨害罪における職務の執行という観念を容れる余地は全くないのである。

次に郵便局における職員の職務権限を定める郵便局組織規程によると、郵便物の取扱いに関する事項は郵便課長の所管事項とされ、会計課、庶務課の所管事項は全くこれと異つており、会計課長である竹内正路、庶務課長代理である三宅孝共が、郵便物の取扱いに関し職務権限を有していないことは明白である。

従つて竹内正路、三宅孝共の両名が郵便業務を行う際、これに対し暴行を加えることがあつたとしても、公務執行妨害罪が成立するいわれはない。

というのである。

よつて記録について調査するに、原判決挙示の証拠を綜合すれば、松江郵便局管理者側においては、全逓信労働組合が、被解職者を役員に選出している法外組合であるとの理由で、これとの交渉を拒否すべしとの中央の指示に基き、組合側との話し合いを拒むと共に、本件年末斗争に備えて業務の正常な運行を図るため、局長から各課長等に対し、互に郵便業務に協力するよう命じていたところ、本件当日の午前中松江郵便局において市内第一二、第一三区の一号便に約四七〇通の持戻り郵便物が生じたので、管理者側としてはこれを二号便配達員をして配達させようとしたので、被告人を含む組合側幹部は管理者側をして右持戻り郵便物につき話し合いを余儀なくさせるため、フアイバーの中に右持戻り郵便物を入れて道順組立室東側窓際の乙号卓子の上に置き、これを背にして立並んで右郵便物をその実力支配下に置いてこれが引渡を拒み、右郵便物の占有を回復して本務者にこれが配達をなさしめようとしてその場に集つて来た同郵便局の郵便課長千代延左右馬、会計課長竹内正路、庶務課長武政円次、庶務課長代理三宅孝共等管理者側の者に、これを奪回されることを阻止すべく同人等ともみ合い、その際被告人は、管理者側の者に暴行を加えたことが認められるのである。右の如く千代延郵便課長、竹内会計課長、三宅庶務課長代理等の行動は、被告人等組合側幹部が右持戻り郵便物をその実力支配下においてこれが引渡を拒むので、これが占有を回復して本務者にこれが配達をなさしめんとしたものであるから、これを以て反組合的意図に基く実力による挑発的、攻撃的行為ということはできないのみならず、右は郵便局職員としての職務の執行といわなければならない。所論は、右は組合側幹部が管理者側に対し話し合いの申入れをしている場面において生起した出来事であり、この場合管理者側は、組合の申入に応じて団体交渉を行う義務があるのであり、管理者側は労使関係における当事者として観念さるべく、労使関係の当事者は対等な立場におかれているのであり、従つて公務執行妨害罪における職務の執行という観念を容れる余地はないと主張するけれども、本件紛争の経緯、状況は前記のとおりであつて、団体交渉をしている場面、又は団体交渉の申入をしている場面における紛争と目することはできないから、所論はその前提を欠くもので採用できない。

次になるほど郵便局組織規程(昭和二五年二月一〇日公達第九号)によれば郵便物に関することは郵便課の所管事項とされ会計課庶務課の所管事項となつていないことは所論のとおりであるけれども、郵政省設置法(昭和二三年一二月一五日法律第二四四号)第一二条第一項郵政省職務規程(昭和二四年九月五日公達第三九号)第七条第三号によれば、郵便局長は所部の職員をしてその配置を変更せず臨時に他の事務を担当せしめる権限を有する旨規定されており、そして本件においては、前掲各証拠によれば、前記の如く局長から各課長等に対し本件年末斗争に備えて業務の正常な運行を図るため、互に郵便業務に協力するよう命じていたことが認められるから、これによつて竹内正路、三宅孝共等は郵便物の取扱いに関して職務権限を有していたものというべく、従つて同人等が右持戻り郵便物の占有を回復して本務者にこれが配達をなさしめんとするに際り、これに対し暴行を加えた被告人に対し公務執行妨害罪が成立することは明らかであるから、右所論は採用できない。以上説示のとおり、原判決には、右の点について事実認定を誤り、法令の解釈適用を誤つた違法はない。論旨はいずれも理由がない。

弁護人等の控訴の趣意第三点について。

論旨は、原審は、被告人に対し公務執行妨害罪を適用して有罪の判決をした、しかしながら、被告人には公務執行妨害の犯意はなかつたのであり、原判決はこの点において事実の認定を誤り、ひいては法令の適用を誤つたものである。原判決は、被告人を含む組合幹部は「郵便物をその実力支配下に置き」管理者側から「郵便物を奪回されることを阻止」しようと意図していたものであると認定しているのであるが、被告人が本件紛争の現場に来たのは、紛争開始後である。被告人は本件紛争について特別な予想をもつていたわけではなく、被告人が現場に来たときには組合側と管理側の一〇名ばかりの者が巾八〇糎という狭い通路にむらがつて、押しつ押されつしていたので、その紛争がどういう理由で生じたものであるか、又管理者側が何をしようとしているのかということを正確に認識することもできないで、劣勢の組合側が管理者側の多数に圧倒されようとしているのを見て、反射的に紛争のただ中に割つて入つたもので、被告人は千代延、竹内、三宅等の管理者が郵便物取扱いという職務の執行に当つているものであるということを認識せず、職務の執行を妨害する意思はなかつたのである。仮に時間の経過によつて管理者側の具体的行動を認識し得たとしても、団体交渉の申入を無視して、実力で組合に攻撃を加えてくるその行動について、被告人は、明らかな違法行為であるとの信念からこれを制止しなければならないという以外の意思をもつことはなかつた筈である。即ち管理者側が適法な職務の執行中であつたとしても、被告人においてその職務執行が違法であると信じていたものであり、その故意は阻却されると主張する。

しかし前記証人千代延左右馬、同竹内正路、同三宅孝共、同安達義光の各供述記載を綜合すれば、被告人は本件紛争開始前から現場に来ており、他の組合幹部と共に、持戻り郵便物を入れたフアイバーを置いてある乙号卓子を背にして立並び、右郵便物をその実力支配下に置き、千代延郵便課長が、二号便配達員に配達させるため、右郵便物を取返そうとするのに対し、これを阻止して引渡を拒み、次で右郵便物を取返そうとして集つて来た千代延郵便課長武政庶務課長、竹内会計課長、三宅庶務課長代理等管理者側の者に、これを奪回されることを阻止すべく、同人等ともみ合い、その際、被告人は右千代延等に対し暴行を加えた事実が認められるのである。尤も原審及び当審公判廷において、証人高橋義之、同大平隆俊、同五明田立身、原審公判廷において被告人および証人栂野博美は、右認定に反し、前記弁護人らの所論に副う供述をしているけれども、右各供述は、前記証人千代延、竹内、三宅、安達等の各供述に照して措信できない。従つて、被告人が本件紛争開始後遅れて現場に来たものであるから、千代延、竹内、三宅等の管理者が、郵便物取扱いという職務の執行に当つているものであるということを認識しなかつたものであり、職務の執行を妨害する意思はなかつたものであるとの所論は採用することができない。所論は又、仮に管理者側が適法な職務の執行中であつたとしても、被告人においては、管理者側が組合側の団体交渉の申入を無視して、実力を行使するもので、違法な行為であると信じていたものであるから、職務執行妨害の故意が阻却されると主張するけれども、前記の如く被告人は、他の組合幹部と共に、持戻り郵便物をその実力支配下に置いてこれが引渡を拒み、右郵便物を配達させるためこれを取返そうとした千代延郵便課長等の職務の執行に対し、その具体的事実を認識しながら、これを奪回されることを阻止すべく、同人等ともみ合い、その際、同人等に暴行を加えたものであるから、仮に被告人が、これを管理者側が組合側の団体交渉の申入を無視して実力を行使するもので違法であると信じたとするも、それは千代延郵便課長等の行為に対する、法律上の価値判断を誤つたもので、法律の錯誤に該り、職務執行妨害の故意を阻却するものではない。従つて原判決には、右の点について事実の認定、法令の適用につき誤りはない。論旨はいずれも理由がない。

弁護人等の控訴の趣意第四点について。

論旨は、原判決が被告人の本件行動を労働組合活動の正当行為と認定しなかつたのは事実を誤認し、労働組合法第一条第二項、刑法第三五条の適用を誤つたものである。本件においては組合幹部は労働条件を一方的に強化するような持戻り郵便物の本務者えの配達強要を止めるよう交渉するために、フアイバーの傍で待機したのであつて、郵便物を実力支配下においてこれが引渡を拒否し、その配達を阻止するために管理者側の奪回行動を阻止したのではない。ところが右持戻り郵便物の存在を発見した千代延郵便課長は、組合の話し合い(団交)の申し入れにも一切耳をかたむけず、官側を総動員して実力行使に出たものであり、それは組合幹部に対する実力による挑発行為である。そこで組合幹部三名及び後刻加わつた被告人は、官側の右違法な、圧倒的多数者による集団的実力行使、挑発行為をフアイバーの前で制止して話し合いを求めたに過ぎない。右制止行為は官側の積極的な挑発的集団行動を止める限度における、受動的制止的、物理力の行使に過ぎないのである。郵政職員をもつて組織する全逓信労働組合が公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称する)の適用を受けることはいうまでもないが、公労法第一七条が争議行為を禁止しているとはいえ、それは同法第一八条の措置を受ける意味において禁止しているに過ぎず、憲法第二八条が勤労者に保障する団体行動権を、全面的に剥奪しているものではなく、公労法適用組合においても、その争議行為をも含め組合の正当な行動については、労働組合法第一条第二項のいわゆる刑事免責規定の適用を受けるのである。従つて被告人の右の如き行動は、労働組合の正当な行動であり、刑事免責を受けるものであるというのである。

よつて考えるに、公労法第一七条が、公共企業体等の職員及びその組合に対し争議行為を禁止しているのは、本来正当なるべき争議行為を、公共の福祉を保護するという特別の理由によつて制限しているに過ぎないのであるから、かかる制限がなけれれば正当なものとして認容される限度に止まるような争議行為である限り、それは単に公労法による制裁を受けるに止まり、同法違反の争議行為であるからといつてそれが直に犯罪を構成するものということができないことは、所論のとおりである。けれども争議行為に附随して発生したものであつても、前記限度を逸脱した刑法所定の犯罪に該る行為に対しては、争議行為その他組合活動の故を以て、これを正当化すべき理由はないのである。しかして本件は、前記控訴の趣意第一点に対する判断において説示したとおり、被告人が、千代延郵便課長等に対し積極的に暴行を加えたものであるから、これをもつて労働組合活動の正当行為ということはできないのであつて、原判決が被告人の本件行為を、労働組合活動の正当行為と認定しなかつたのは相当であつて、原判決には、この点についても事実の誤認、法令の適用の誤りはない。論旨は理由がない。

検察官の控訴の趣意第一について。

論旨は、原判決は、本件公訴事実中、庶務課長武政円次に対する傷害並びに公務執行妨害の事実については、証人武政円次、同三宅孝共の各証言中にはこれに符合する部分があるけれども、判示の如きもみ合いが、郵便道順組立室内の通路の一部分たる僅か巾八〇糎余、長さ二米余の極めて狭い場所で、組合側、管理者側合せて一〇名余の者によつて行われたこと、武政庶務課長受傷の事実は、当日午後四時頃局長室において、始めて同庶務課長によつて告げられ、それまで何人もこれを覚知しなかつたこと等諸般の情況に鑑み、この点に関する右各証言部分は容易に措信しがたく、結局犯罪の証明が十分でないとしてこれを否定し、又同人に対する暴行(背広の襟を掴んだ事実)による公務執行妨害の事実については何等の判断もしなかつた。しかしながら前記証人武政円次、同三宅孝共の各証言は極めて自然に述べられており、他の証言、証拠ともほぼ合致し信憑力が高いものであり、これによると、武政円次に対し左前下腿部打撲症を負わせた事実が認められるのである、なお武政円次の背広の襟を掴む暴行の事実については、証人千代延左右馬、同三宅孝共、同武政円次、同北垣朝一の各証言があり、これ等各証言によつてこれを認められるのであつて、原判決は、証拠の価値判断を誤り、合理的理由がないのに、被害者及び目撃者の証言を排除したもので、採証法則に反した不法なものであり、これがため事実を誤認したものであつて、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのであり、これに対する弁護人等の答弁は、要するに、前記証人武政円次、同三宅孝共等の各証言は、全く信用に値しないものであつて、原判決が右各証人の証言を措信できないものとしたのは当然であるというのである。

よつて考察するに、原審証人武政円次(第八回、第一一回各公判)同三宅孝共(第九回、第一二回各公判)同千代延左右馬(第七回、第一一回各公判)同塩田常三郎(第二〇回公判)同木村信明(第七回公判)の各証言の記載並びに医師木村信明作成に係る武政円次に対する診断書及び当審における事実調の結果を綜合すると、検察官所論の如く、被告人が、原判示もみ合いの際、左手で武政円次の背広の右襟を掴むと共に、靴履きの足で、同人の左側前下腿部を二、三回蹴り、同人に対し全治約一週間を要する左前下腿部打撲症を負わせた事実が認められるのである。なるほど本件もみ合いが郵便道順組立室内の通路の極めて狭い場所で、組合側、管理者側多数の者によつて行われたこと、武政庶務課長受傷の事実が当日午後四時頃局長室において始めて同庶務課長によつて告げられ、それまで何人もこれを覚知しなかつたことは原判示のとおりであるけれども、それだからといつて直に、被告人の武政庶務課長に対する前記暴行、傷害の事実を目撃した旨供述した前記各証人の証言が、措信できないものとすることはできない。現に、これと同一場所で同一機会のもみ合いの中の出来事である、被告人が千代延郵便課長の背広の右襟を掴んで引張り、これを咎めた竹内会計課長のネクタイとワイシヤツを一緒に掴んで突き上げるようにし、更に三宅庶務課長代理の肩から首を腋で抱え込み、右足をかけて捻倒そうとした各暴行の事実については、原判決も目撃者の証言によつてこれを認めているのである。なお弁護人の前記証人武政円次、同三宅孝共の各証言が措信できないものであるとの所論については、既に弁護人等の控訴の趣意第一点、第三点に対する判断において説示したとおりである。

右説示のとおりであるから、被告人の庶務課長武政円次に対する傷害並びに公務執行妨害の事実を認めずしてこれを無罪とし、又同人に対する暴行による公務執行妨害の事実について判断をしなかつた原判決は、事実を誤認したものというべく、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて被告人の控訴はその理由がないので刑事訴訟法第三九六条に則りこれを棄却すべく、検察官の控訴は理由があるので量刑不当の論旨(検察官の控訴の趣意第二)に対する判断を省略し、同法第三九七条第一項第三八二条に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に基き、更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三一年六月から全逓信労働組合島根地区本部書記長たる地位に在り、同三三年一二月三日から同月九日までの間、組合員たる松江市白潟本町所在松江郵便局の職員が、同郵便局を拠点として、中央本部の指令のもとに、団交再開、年末繁忙手当の制度化等の要求を掲げ、業務規正、年休消化、時間外労働拒否、担務変更拒否、滞貨順送り方式の強行等の具体的な方策を採用して、いわゆる年末斗争を行つた際、同組合島根地区本部の副委員長高橋義之、執行委員大平隆俊、同五明田立身と共に「オルグ」として右斗争に参加し、その指導に当つたものであるが、松江郵便局管理者側においては、右組合が、元来、被解職者を役員に選出している法外組合であるとの理由でこれとの交渉を拒否すべしとの中央の指示を守つて、組合側との話し合いを一切拒むと共に、右斗争に備えて、業務の正常な運行を図るため、局長より各課長等に対し、互に郵便業務に協力するよう命じていたところ、右斗争期間中である同月五日午前中、松江郵便局において、年末における事務の繁忙に加えて、休暇中の郵便外務員二名の代替者補充についての折衝、時間厳守を中心とする規正斗争等の影響もあり、市内第一二、一三区の一号便に約四七〇通の持戻り郵便物が生ずるや、管理者側としては、二号便配達員をして、右郵便物を配達させようとしたので、被告人を含む前記組合側幹部は同日午後相前後して同郵便局郵便課の郵便道順組立室に至り、同組立室内東側窓際に置いてあつた乙号卓子の附近で、管理者側をして右持戻り郵便物につき話し合いを余儀なくさせるため、フアイバーの中に右持戻り郵便物を入れて右卓子の上に置き、これを背にして立並び、以て右郵便物をその実力支配下に置いてこれが引渡を拒み、同日午後一時二五分頃右郵便物の占有を回復して本務者にこれが配達をさせようとして、その場に集つて来た郵便事務を担当する同郵便局郵便課長千代延左右馬、及び同事務を補助する庶務課長武政円次、同会計課長竹内正路、同庶務課長代理三宅孝共等が、右郵便物を取り戻そうとするや、これを奪回されることを阻止すべく、同人等ともみ合ったが、その際被告人は、右千代延左右馬の背広の右襟を掴んで引張り、次で右手で右竹内正路のネクタイとワイシヤツを一緒に掴んで突きあげるようにし、左手で武政円次の背広の右襟を掴むとともに、靴履きの足で同人の左前下腿部を二、三回蹴り、更に右三宅孝共の右足下腿部を一回蹴つた上同人の肩から首を腕で抱え込み、右足をかけて捻り倒そうとし、以て同人等がその職務を執行するに当り、これに対して暴行を加え、右武政円次に対し全治約一週間を要する左前下腿部打撲症の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)(略)

(裁判官 高橋英明 高橋文恵 石川恭)

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